TOKYO STYLE犬の科学

「デザインのデザイン」を読み解く

欲しいものだけでなく、欲し方そのものをデザインする本。

何をデザインする本?

生活者の欲望と美意識を育てる、日常のもの・情報・空間のデザイン。

※AIによる生成(出典:Amazon商品ページ

02この本は、何を問い、どう答える?

問い
商業に組み込まれたデザインは、既存の需要に応える以上に、生活と社会へ何ができるのか。
取り組み
近代以降のデザイン史、リ・デザイン展、情報・空間・日本文化の考察を往復し、デザインの領域を捉え直す。
主張
デザインには、需要を満たすだけでなく、生活者の欲望と美意識の水準を育てる役割がある。

※AIによる生成(出典:Amazon商品ページ

書評

デザインを再定義するとき、デザイナーもまた再定義される

概要
原研哉氏の著書『デザインのデザイン』は、19世紀に発生したデザインという概念が今日商業に組み込まれるまでの歴史を通して見ることで「行為としてのデザイン」の言語化に取り組み、デザインの起源からは逸脱してしまった商業デザインの世界においても、デザインにはまだ「欲望のエデュケーション」という仕事が残されていると主張します。これは、現代の産業デザインにおいてはマーケティングによりスキャンされた市場/顧客の欲望の水準がそのまま製品/サービスに反映されることから、その欲望の水準を高めるものづくりによって、グローバルな市場での優位性、ひいては国力を高めることにデザインが貢献することを目指すものです。
考察
本書の提案する「日本市場という畑を耕すための“欲望のエデュケーション”」というビジョンは、商業に組み込まれてしまったデザインの在り方・存在意義に折り合いをつけるために適切な落とし所のように思えます。ただ、欲望をエディケーションするという言葉には、まるでデザイナーが他の人々よりも優れた人種であるかのような驕りも感じてしまいます。もしこれがスタイリングなどの表層的なデザインの話であれば、配色やレイアウトなどに造詣の深いデザイナーがその教育を担うことに異論が出ることはありませんが、より根源的な人間としての欲求をもコントロールするべきなのか、デザイナーと呼ばれる人々にその適性や資格があるのかについては疑問が残ります。
結論
デザインというものが今現在社会から与えられているよりも広範な役割を果たすものだと再定義するとき、それはデザインの裁量と責任が拡大されることを意味します。その場合、そのデザインを扱うデザイナーについても再検討・再定義をする必要があるのではないでしょうか。デザイナーがいかにデザインの可能性を主張したとしても、成果を出さなければ社会からその役割を与えてもらうことはできません。むしろ、これまでデザインは表面的な部分でしか主だった成果を出せなかったからこそ、デザインの意味は表面的なスタイリングの分野に収束していったという見方もできるかもしれません。本書の主張する広義な“デザイン”をデザイナーが担って行くためには、実践によって具体的な成果を上げて見せる必要があります。